大口酒造株式会社
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焼酎の歴史

▼焼ちゅうを売らぬ貧乏県
薩摩の訓育法  海音寺 潮五郎
昭和33年1月10日 南日本新聞の切り抜き
新聞記事
去年の夏、鹿児島商科短大の学長慶田茂氏が、東京の拙宅に見えた時、こんなことを言われた。
「鹿児島の土質は火山灰で、耕土としては最も劣悪なものだ。しかし、多熱多雨の気候なのでそれほど働かなくても、相当な収穫を上げ得る。こんなところの住民は自然に放置しておけば必ず一種の極楽ボケとなる。われわれの先祖はそれを警戒して、峻烈厳格な訓育法を立てた旧薩藩のこの訓育法を単に軍事的意味に解釈しては、浅い。云々」
 ぼくは至言だと思った。

 ぼく自身のことを考えてみても、少年時代から青年になりかかる頃までの間に、鹿児島県で受けた、武士的訓育1気節を重んじ、威武に屈せず、名利に心をうばわれない、といった訓育が、どんなにためになっているかわからない。戦前、戦中、戦後のあの思想のあらしによって数えきれないほどの作家や評論家が変貌して行った中に、ぼく自身はどうやら自ら是と信じているところを守り遂げ得たと信ずるが、それはこのためであるとありがたく思っている。

今の鹿児島県は、人間に頼る以外には立上るべきものを何一つとして持たない。その人間をどう訓育するかは、最も大事なことであろう。県民全部で考えてもらいたいと切願する。

 大へん具体的な話になるが、鹿児島県の焼酎製造業者は、どうしてその製品を大々的に他府県に売り出すことを考えないのであろう。この戦争によって、日本人全体が焼酎のうまさを知ったのだ。そして、鹿児島県の焼酎の良質であることは皆熟知している。宣伝を巧みにして売り出せば必ず売れるのだ。しかも今がチャンスだ。良質な酒が出て来たので、しばらくするとせっかく覚えた焼酎の味はまた忘れられて行くにちがいない。今のうちに努力すべきである。

 品物も薯ばかりでなく、米のも造るようにするがよい。食糧管理法等の法規の支障はあるだろうが、清酒の原料には与えているものを、焼酎にだけあたえられないという片手落はあるべきことではない。あるべきでないことは必ず是正出来るのである。猛運動を開始するがよい。

 日本一の貧乏県を以て自任して、中央から金を貰って恬としているような態度は恥ずべきだ 正当な経済行為によって少しでも他から金を稼ぐことを心掛けなければ、鹿児島人の根性が駄目になってしまう(作家)
昭和33年1月10日 南日本新聞より


焼酎資料館の棟札
海音寺潮五郎

明治34年(1901年)11月5日に鹿児島県の北方・熊本県との県境にある現在の大口市に生まれた。 代表作に、「天と地と」 「西郷隆盛」 「武将列伝」 などがある。
「二本の銀杏」 を初め として郷里大口を舞台とした小説も残している。 西南戦争に題材を取った短編集 「田原坂」 にも大口を舞台とした作品が含まれている。

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